蘭さんの物語

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蘭さんとわたしの話しを少しだけ。

まずは、わたしの話しから書き綴っていこう。
幼い頃から身体は丈夫な方ではなかったから、運動会に参加できない子どもだった。先生のお情けでゴールテープを持つ係をさせてもらった記憶がある。役目が終われば、保健室で真剣に走る同級生を冷めた目で眺めていた。うらやましい気持ちには気づかないフリをしていた。
人並みに成長はしたものの、いつも何かしらの病気が付きまとっていて、意気込んで取り掛かった事も途中で諦めざるを得ない事態がたびたび起きた。
気が付いたら病院の天井が見えた事なんて1度や2度ではない。


だんだん、どうせわたしなんかと卑屈な気持ちを引きづるようになり、負け癖が付いてしまった。
友だちには勉強も運動も追いつけそうにないし、大人になったって目立たずひっそりと生きていければそれでいいと考えていた。望んだってどうせ叶わないんだと。
将来の夢や目標を書かされる授業は大嫌いだった。

そんなわたしでもいつの間にか社会人となり、幼い頃想い描いたとおり、特筆することも無い、至って平凡な暮らしをしていた。がんばったご褒美に買うハーゲンダッツで十分満足していた。


そのころ出逢ったのが蘭さん。
当時、勤めていた会社の取引先に勧められ、仕方なく参加した投資セミナー。席がとなりになったのが蘭さんだった。
ただ、どう見てもふたりの生活レベルの違いは一目瞭然。休憩時間に話しかけてきたのは蘭さんの方からだ。


蘭さんは同年代で、わたしの方がふたつ早く生まれただけ。彼女はスレンダーな身体で、シンプルだけれど上質な洋服と手入れされた黒髪が印象的な女性だった。スラリと細い指先には真っ赤なマニキュアが塗られていて、つい指先の行方に視線を奪われた。目はいつも見開いていて、まっすぐこちらを見ている。視線を逸らすのはいつもわたしの方だった。
投資セミナーに参加した理由は、わたしとはまるで違う思惑で参加しており、セミナーなんかより蘭さんの錬金術を聴いている方がよっぽど興味深く、後に身を立てる糧になった事は書き記してしておこう。


お互い趣味が競輪だったのは何かの縁だったと思う。蘭さんとは長い時間を掛けないうちに打ち解けた。セミナーの後も、そう頻繁ではないけれど、競輪談義を酒のつまみにグレードレースが開催されるタイミングで飲みに出かけた。
彼女は、わたしの世間とは少し違う、おもしろおかしい感性というか、塗り固めた上っ面なカラ元気さに興味を持ったようだった。競輪の話しはいつも楽しくって、本命党の蘭さんは、穴狙いなわたしの奇想天外な妄想話を夢中になって聞き入ってくれるものだから、わたしだって夢中で話した。

彼女はおじいさんの会社を継いでいた。
銀座の一等地にオフィスがあり、毎日忙しくあちこち飛び回っていて仕事への情熱のようなものを持っていた。親御さんに教え込まれたらしい「信用」と言う言葉をよく使っていたことを思い出す。商売をしていれば何かとトラブルもあるだろうに、泣き言を口にすることは一切なく、たまに自分の信念のようなものを語っていた。プライドの高さと気の強さがひしと伝わってきた。常に自分をブランディングしていて、気高く立ち振る舞う女性だった。

サラリーマン家庭で平凡に生きてきたわたしにとって、蘭さんは憧れの存在。恵まれた生い立ちや健康な身体、洗練された立ち振る舞いはまぶしくって、とても手に届きそうになかった。それでも一緒に過ごす時間は、人脈、思考、事業展開、駆け引き、何かと生きる糧を得られたし、憧れが現実になっていく不思議なエネルギーにもなった。


蘭さんには夢があって、イタリア永住に向けて着々と動いていた。
実現するには信用と資産と健康が必要だと熱っぽく話していたが、詳しい事は聞き逃してしまった。とにかくイタリアで、大好きな車関係の起業を目指していた。
どこまでも憧れの存在で、近くで親し気に話してくれるけれど、ずっとずっと遠くの人。そんな存在の蘭さんだった。

蘭さんが日本を離れてからもう4年になる。
彼女は今、シンガポールに住んでいる。
結婚して夫と1歳になる娘と3人で暮らしている。「人の親になるなんて思いもつかなかった。」と本人が話していたが、わたしだってそう思っていた。
時々投稿されるインスタグラムを覗くと、見た人がうらやむような生活が見て取れる。海が見える丘に建つマンション。真っ白な広い玄関ににベビーカー。大きなインテリアグリーンの飾られたリビング。蘭さんが作ったであろう手料理を前に笑う夫と愛娘。幸せそのもので、相変わらずな様子だ。

先日、久しぶりに蘭さんとビデオコールをした。近況報告と競輪のグレードレースの話しをしたかったからだ。
早々に「こんなはずじゃなかった。」と蘭さんは覇気のない声で話す。
競輪は見る事もやめてしまったと、わたしから視線をそらす仕草も気になって仕方なかった。知り合った頃の気高い蘭さんとはまるで違う。大雑把にくくった髪で、夫への不満をたらたらと話し続ける。しまいには、独り身で自由に生きているわたしの事がうらやましいとまで話す。赤ちゃんの泣き声にも気づいていないようだった。
こちらから連絡するのはよしておこう。そう思った。

わたしは明日、イタリアでの商談に向け出国する。

                              fin

*これはフィクションです。



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